スタッフブログ

2020年05月20日 (水) 能楽関連

復刻「能楽質問箱」第6回~第9回をお届けします

5月3日から26回シリーズでスタートしました復刻「能楽質問箱」。
まだまだ続きますので、引き続きどうぞお楽しみください。

 

 

Q6.戦後間もなくのころから能を見ている者ですが、最近能楽堂へ行くと、おしゃべりをしたり、袋の中からあめ玉を取り出したりするなど、観能のマナーを知らない方が見受けられるようになり、とても残念です。正しい観能の仕方を教えてください。

 

A6.芸能の種類によっては、食べ物を食べたり、周りの人とワイワイやりながら楽しむ、というものもあるでしょうが、能はやはり静かな中で、出演者も、観客も舞台に集中できる状態で行うものです。
ご質問にもあるような、おしゃべりや見所への食べ物、飲み物の持ち込みはもちろん遠慮してください。帽子も特別な理由が無い限り、取った方が良いでしょう。
開演時間に遅れ、もう能が始まってしまっていた場合には、演能のじゃまにならないよう、タイミングを見計らって席に着きましょう。
拍手の仕方にも配慮しましょう。昔は「能は拍手をしないもの」と言われていましたが、最近ではどこの能楽堂でも皆拍手をしています。しかし、シテやワキが幕に入らないうちに拍手をするのは早過ぎます。入って幕が降りてからにしましょう。
(季刊『橋がかり』第2号(平成10年4月)掲載)

 

・・・ひと言
今から約20年前に寄せられた質問なのですが、まるでつい先日の質問のようです。正しい観能の仕方は、永遠のテーマかもしれません。(はぜの木)

 

Q7.昔、ある神社にある能舞台の床下を覗く機会があり、そこに瓶が埋められていたのを覚えています。横浜能楽堂本舞台の床下にも埋められているのでしょうか?

 

A7.確かに昔の能舞台の床下には、素焼きの瓶が埋められていました。これは、よく「響きをよくさせるため」と言われますが、正しくは「響きを丁度よく調整するため」のものです。能舞台は、ただ無闇に「響けばよい」というものではないからです。しかし、横浜能楽堂を始めとして最近の能舞台は、室内に建てられ床下もコンクリートで覆われているため、埋めることができません。そのため瓶の代わりに、構造を工夫するなどして音の調整をしています。
(季刊『橋がかり』第2号(平成10年4月)掲載)

 

・・・ひと言
施設点検の際に横浜能楽堂の本舞台の床下を覗いたことがあります。確かに瓶(甕)はなくコンクリートの基礎でした。ただし、単なる基礎ではなく音響設計をした基礎であるとのことでした。能楽堂によっては瓶を埋めてある床下もあり、施設見学のコースになっている所もあるようですね。(はぜの木)

 

Q8. 能舞台の正面にある「キザハシ」が使われるのは見たことがありません。いったい何のためにあるのでしょうか?

 

A8.確かに、今では「キザハシ」を使うことはありません。稀に演者が舞台下に落ちた時、ここから上がることがありますが、もちろんこれは本来の使い方ではありません。
では、何のためにあるのでしょうか。明治以前、能が「武家の式楽」だった時代には、演能が終わると観客である将軍や大名から能役者に対し褒美が与えられました。このころの能舞台は野外にあり、舞台と見所は白州を間に別棟にありました。そのため、褒美を渡す使いの者は「キザハシ」を使って白州から舞台に上がったのです。
しかし能楽が一般の人達が自由に見ることができる芸能になった現在では、こういった使われ方はされなくなり、形式的な存在として残っているに過ぎませんが、演者が舞台から正面を向いた時、「キザハシ」の両端が見えるので、目安にしています。
(季刊『橋がかり』第3号(平成10年7月)掲載)

 

・・・ひと言
能舞台が野外にあった頃の建築様式の名残の一つとして、個人的にはとても興味深いと感じます。橋掛りとともに本舞台には2つの「ハシ」があるわけですね・・・。(はぜの木)

 

Q9.これまで数回しか能を見たことがないのですが、先日見たものは誰も能面をつけていませんでした。そのような曲目は多いのでしょうか?

 

A9.質問にあったような能面をつけない曲目を「直面物(ひためんもの)」と言います。多くは主人公が現実の男性です。
代表的な曲としては、「安宅」「鉢木」「小督」「夜討曽我」「橋弁慶」などがあります。
しかし、面を付けていなくても「付けているつもりで演じなければならない」というのが能楽師の心得だと言われています。
(季刊『橋がかり』第3号(平成10年7月)掲載)

 

第1回~第5回はこちら

2020年05月03日 (日) 能楽関連

復刻「能楽質問箱」第1回~第5回をお届けします。

1998(平成10)年から2000(平成12)年まで、横浜能楽堂で発行していた季刊『橋がかり』をご存知の方はもう少ないかもしれません。主催公演の「見どころ聴きどころ」、能楽について初心者向けに解説した「初めて知る能・狂言の世界」、能楽についての質問に答える「能楽質問箱」、能楽師による「エッセイ能楽とっておきの話」という構成で読み物的な要素満載の情報紙でした。

 

その中にありました読者からの質問に回答する「能楽質問箱」のコーナー。今読み返しみても普遍的な質問でいっぱいです。この度、復刻「能楽質問箱」として26回シリーズでお届けします。5月から約3ヶ月間、4日に1回くらいのペースでアップしていきますのでどうぞお楽しみください。

 

Q1.小鼓を習いたいのですが、どうしたら良いでしょうか。月謝は、どのくらいかかるのでしょうか?

 

A1.能楽堂やカルチャーセンターなどで教室を開講している場合もありますが、多くは個人けい古です。お近くの能楽堂などでお聞きになるとよいでしょう。月謝については、先生によって違うので一概には言えません。
(季刊『橋がかり』第1号(平成10年1月)掲載)

 

・・・ひと言
横浜能楽堂では2つの流儀(大倉流と観世流)の小鼓の先生が定期的に個人向けのお稽古教室を開催しています(現在は臨時休館中のためお休み中)。詳細は横浜能楽堂までお問い合わせくだいませ。(はぜの木)

 

Q2.どうして流儀は五つしかないのでしょうか?

 

A2.ご質問にある五つとは正確に言うとシテ方の流儀のことです。この中で観世(かんぜ)、金春(こんぱる)、宝生(ほうしょう)、金剛(こんごう)の四流の源流は、鎌倉・南北時代に遡り、それぞれ結崎(ゆうざき)座、円満井(えんまんい)座、外山(とび)座、坂戸(さかと)座と呼ばれていました。この四座に新興の喜多(きた)流が創設され「四座一流(よざいちりゅう)」の体制が確立したのが江戸初期です。江戸時代においては、能楽は「武家の式楽」として、保護と同時に統制が加えられていました。幕藩体制の崩壊と共に、能は「武家の式楽」としての地位を失う訳ですが、「四座一流」の体制は引き継がれます。
その後も、一時的に梅若(うめわか)会が観世流から独立して梅若流を名乗ったこともあったものの、現在に至るまでその流れは継承されて来ています。
(季刊『橋がかり』第1号(平成10年1月)掲載)

 

Q3.能楽師には、どうしたらなれるのでしょうか? だれでもなれるのでしょうか?

 

A3.だれでもなれます。しかし、それなりの心構えと技量が必要です。実は素人と玄人との差は、技量よりもむしろ心構えの如何にあるとさえ言えるでしょう。長年研さんを積みいくら技量が優れていても、玄人として能だけで生きていく心構えがなければなりません。能楽師の家の生まれでない人の場合、手順としては能楽師に入門し、玄人として修業することを許されるのが第一歩です。その後、厳しい修業を積み、社団法人(当時、現在は公益社団法人)能楽協会の会員となって初めて玄人として認められるのです。また、国立能楽堂では、なり手の少ないワキ方、囃子方、狂言方の養成も独自にしています。
(季刊『橋がかり』第1号(平成10年1月)掲載)

 

Q4.昨年の暮れから今年の始めにかけて開かれた「ワークショップみんなで謡う『高砂』」を受講しました(※)。その中で「返し」という言葉がでてきましたが、もう一度説明していただけないでしょうか?
※1997(平成9)年12月6日、7日、13日、23日、27日、1998(平成10)年1月18日、25日に開催。

 

A4.謡の中には、同じ文句を繰り返す指定がされている所があります。これを「返し」と言います。婚礼の時に祝言小謡(めでたい謡の一節を囃子なしで謡うもの)として謡う場合は、「返し」が「返す」「返る」などに通じるため「返し」をしません。例えば「高砂」の中の「四海波静にて。・・・」の部分は、本来最後の「君の恵は有り難や」を繰り返して謡うのですが、婚礼では一度で終わらせます。
(季刊『橋がかり』第2号(平成10年4月)掲載)

 

Q5.横浜能楽堂では、小・中学生を対象に「こども狂言ワークショップ」開いていますが、大人に狂言を教えてくれるところはないでしょうか?

 

A5.シテ方に比べ、狂言方の数は多くありません。従って知り合いなどを通じて紹介してもらう以外、習う機会はなかなかありません。広くだれでもが習える機会としては、カルチャーセンターなどがあります。NHK文化センターなどでは、大蔵流の教室が開かれています(※)。
(季刊『橋がかり』第2号(平成10年4月)掲載)

※1998(平成10)年4月時点の情報です。最新の情報をご確認ください。

 

・・・ひと言
横浜能楽堂では昨年度、初めておとな狂言ワークショップ(平日夜間全3回シリーズ)を開催しました。今年度以降の企画については未定ですが皆さまのご要望を伺いながら検討していきます。(はぜの木)

2020年04月14日 (火) 能楽関連

名人が選んだ装束 / 常設展「はじめての能・狂言」装束コーナーのご紹介

横浜能楽堂の2階ロビーに展示スペースがあるのをご存知でしょうか? 普段は能楽に関する資料等の展示を行っており、施設見学や公演等でご来館のどなたでもご覧いただけます。

 

常設展「初めての能・狂言」では、謡本(うたいぼん/能の台本)や扇、楽器、装束などを展示しています。

 

このところ臨時休館で非公開となってしまっているのがもったいない!ということで、常設展「はじめての能・狂言」の装束コーナーをご紹介します。

 

実は、現在展示されている装束は、山口能装束研究所さんからお借りしている貴重なもので、江戸時代に作られた能装束を調査し復原したもの。絹糸の種類から染料、織り方まで、独自の研究により江戸時代のものに近い素材・技法で作られています。

 

いま展示されているのは、三領の厚板(あついた)。厚板とは、小袖の一種で、もとは地厚な綾織物を指していたというもの。能では、高貴な武士や荒神鬼畜などの役に使用します。大きめの力強い意匠のものが多いのが特徴です。

 

今回の三領には、ある共通点があります。それは、いずれも能「山姥」という同じ曲で使われたことがあるという点。能では、曲や役によって装束の種類や文様に決まりごとはありますが、実際に使用する装束の選択肢は多様で、演じ手は、自分が表現する舞台にふさわしい装束を、それぞれの感性で選びます。

 

能「山姥」に登場するシテは、山深くに住み、山から山を廻り歩くという異形の鬼女。恐ろしいというよりは、不思議になつかしくあたたかい、森羅万象の化身のような大きな存在。そんな「山姥」に、かつて名人とうたわれた三名の能楽師は、以下の装束を選んだのだそうです。(展示では、実際に装束をつけた舞台の写真もご紹介しています。)

 

「輪宝雲気稲妻杉木立文様」…観世榮夫(観世流|1927-2007)

 

「山形地鱗華紋文様」…三川泉(宝生流|1922-2016)

 

「青海波地丸龍雲気文様」…今井泰男(宝生流|1921-2015)

 

三領とも迫力ある大胆な文様・色遣いが印象的ですが、間近に接してみると、強い見た目とは裏腹に、なんともいえない温かみも感じられます。繊細で味わい深い、この豊かな質感を、ぜひ近くで生で体験していただきたいです。

 

こちらの装束は7月初旬まで展示の予定。臨時休館があけて、安心して外出できるようになった際は、ぜひお出かけください。

 

(とうふ)

2020年03月30日 (月) 能楽関連

初企画「おとな狂言ワークショップ」を開催しました。

2月7日(金)、2月14日(金)、2月21日(金)に全3回の「おとな狂言ワークショップ」を開催しました。横浜能楽堂では、平成14年から「こども狂言ワークショップ」を継続して開催しておりご好評をいただいています。本企画は、そのおとな版を初めて開催する試みでした。参加者は約30名で、年代は40代から70代とまさに「おとな」。狂言方大蔵流山本東次郎家の則重師と則秀師に、足の運び、扇の使い方、謡と小舞など狂言の基礎を実技指導していただきました。最終日には本舞台に上がってお稽古の成果を発表する、という内容。ここで少しご紹介させていただきます。

 

第1回目
第二舞台で小舞「盃」のお手本を見てから、足の運びと扇の使い方のお稽古をしました。
お稽古のゴールとして、則秀先生から狂言「柿山伏」をパートに分けて少しずつ担当してリレー方式で演じるご提案がありました。参加者の皆さんの合意のもと、最終日に本舞台に上がり、全員で「柿山伏」を演じることになりました。ゴールを設定してお稽古スタートです。

 

参加者の感想
・第1回目にもかかわらず懇切な解説と指導があった。間近に先生方の演技、練習の様子を拝見して感激した。
・カリキュラムを事前に発表してもらえたら。ついていくのがむずかしい。人数も少し多いかな。

 

第2回目
第二舞台で「柿山伏」のお手本を見てから、「盃」の謡と小舞を練習しました。「柿山伏」の詞章を30のパートに分け、各自の担当部分をご自宅で確認したしていただくよう宿題になりました。

 

参加者の感想
・前回の復習があり、わかりやすかった。事前に、当日のプログラムがわかっていたらよりよかった。
・むずかしい。もっと基本から。人によってちがうから。レベルに合わせて欲しい。扇の使い方は出来ない人には別に教えて欲しかった。

 

第3回目
当初は、本舞台での発表は「盃」の謡と小舞、「柿山伏」をリレー方式で全員で演じました。

 

 

また、切戸口の出入りの所作もお稽古しました。

 

そして、本舞台に移動し、全員で「柿山伏」を通しで練習、いよいよ発表タイムへ。発表会には、ご家族・関係者の見学もありました。
まずは「盃」の謡と小舞です。第二舞台の時より更に堂々としていらっしゃいます。

 

一旦切戸口から下がります。出入りの所作も第二舞台でのお稽古通り順調です。

 

そしていよいよリレー方式でつなぐ「柿山伏」を発表。
山伏が揚幕から出て「貝をも持たぬ山伏が、貝をも持たぬ山伏が、道々 うそを吹こうよ・・・」から始まりました。

 

 

 

則重先生・則秀先生のフォローがあり、最後まで無事につながりました。私は見所側から見ていたのですが、皆さまの気迫に圧倒されていました。
発表後には第二舞台に戻り質疑応答。こうして全3回のワークショップが無事に終わりました。

 

全3回を通しての感想をご紹介します。
・短い間ではあったが能楽堂のサポートもあり、楽しく又勿体ない位のご指導を頂き良い経験になった。
・プロの方に直接指導を受けられる体験は大変貴重でした。腹から声を機会はそうないので、それも得がたい体験でした。さらに能舞台に上げさせていただけたのはすごく大きな体験でした。

 

ご参加いただきました皆さま、本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。お仕事等でお忙しい中、3週連続の金曜日の夜にワークショップに参加するということにはご苦労のあった方もいらっしゃったと思います。また、今回は初の試みでしたので、運営上至らない点も多々あったのではないかと思います。
今思いますと、もし1週間遅れた日程で開催していたら、新型コロナウィルス感染症拡大防止対策のため3回目は開催できていなかったかもしれません。あらためて全3回を無事に開催できたことに感謝いたします。

 

来年度につきまして企画はこれからですが、皆さまのご期待にそえるようなワークショップを開催していきたいと考えております。只今臨時休館中ではありますが、事態が収束しましたらまたぜひ能楽堂にお越しくださいね。

 

はぜの木

2020年03月30日 (月) 能楽関連

「能楽師(シテ方)が案内する横浜能楽堂見学と能楽ワークショップ」を開催しました。

ログアップがすっかり遅くなってしまいました・・・。
令和2年2月1日(土)に「能楽師(シテ方)が案内する横浜能楽堂見学と能楽ワークショップ」を開催しました。案内役はシテ方観世流の梅若紀彰師です。10:00の回23名、19:00の回26名の皆さまにご参加いただきました。本当にありがとうございました。
新型コロナウイルス感染症拡大防止対策についての報道が連日流れ、少し気分も落ち込みがちですが、ワークショップ当日の楽しい様子をお伝えできれば幸いです。

まずは第二舞台で扇の持ち方の説明のあとお稽古をスタート。3グループに分かれて順番に能舞台に上がり、「構(カマ)エ」、「運(ハコ)ビ」、「サシ込(コ)ミ」、「ヒラキ」という能の所作を体験してみました。
紀彰先生のご説明では、能の動きはこれ以上ない最小限の動きであり、ロボットの「ASIMO(アシモ)」の重心の取り方、身体の使い方に似ているとのことでした。もしかしたら、ロボット開発には能の舞の型が参考にされているのでは?

 

舞台上でお稽古しているグループだけでなく、下で待っているグループも真剣そのものでした。

 

そして本舞台に移動して先生のお話の後に、参加者だけに仕舞を披露してくださいました。とっても贅沢な時間でした。

 

見所を後にして舞台裏見学をスタート。
装束の間では、夕顔の精の「半蔀」用に制作された装束を見学しました。紀彰先生がお持ちくださった装束で、昨年主催された日仏交流160周年の公演「伽羅沙 GARASHA」では、駐日フランス大使のローラン・ピックさんが着たそうです。

 

鏡の間では、面を見学しました。手前から、小面、若女、般若、獅子口(ししぐち)の面です。

 

面には全ての表情が包含されておりちょっと動いただけでも表情が出てしまうため、面をかけたら動かないことが大事だとのことでした。

 

面をかけるととても視野が狭くなるということを、紀彰先生がひとりひとりに体験させてくださいました。

 

終了後のアンケートには多くの皆さまにご協力いただきありがとうございました。
ここで自由意見を少しご紹介します。

・普段なら決して入れない場所に入れて面白かった。舞台のつくりもたくさんの意味や工夫があり、興味深かった(10代女性)。
・足運びや腕の動かし方など、面白い身体の使い方を知ることができた。(20代男性)
・紀彰先生のご説明はとても論理的で、でも具体的でとても分かりやすくすごく勉強になりました!(40代女性)
・足さばきの指導、先生のお話を通して舞台を見る時の理解が深まったと思います。充実していて楽しかったです。(40代女性)
・能楽師の方から舞台の活きたあり方を説明されたこと自体が響き入りました。(60代男性)
・舞台でのワークショップの時間を長くとってくださり、個人個人にも助言くださった。又、貴重な面を持参してくださり、面もつけさせていただいた。(60代女性)

 

 

ワークショップ番外編

個人的には、紀彰先生のお召し物をいつも楽しみにしています。この日は、遠目には紺地のお着物と薄茶の袴に見えますが・・・、近くでよお~く拝見しますと、お着物は黒・墨・紺などがミックスした織で、袴は黒と黄色の細い縞でした。素敵過ぎます!!!

 

新型コロナウイルス感染症拡大防止対策のため3月の主催事業はすべて中止となり、只今臨時休館中です。公演やワークショップ、施設見学会が行えることが実は当たり前ではないということを改めて実感しております。事態が収束して、また皆さまにお目にかかれる日を楽しみにしております。

 

 

はぜの木

2020年02月05日 (水) 能楽関連

「能楽師(狂言方)が案内する横浜能楽堂見学と狂言ワークショップ」を開催しました。

令和2年1月17日(金)に「能楽師(狂言方)が案内する横浜能楽堂見学と狂言ワークショップ」を開催しました。案内役は狂言方大蔵流の山本則秀師とそのお兄さんの則重師です。10:00の回19名、19:00の回17名の皆さまにご参加いただきました。本当にありがとうございました。

 

当日は、第二舞台で則秀師のお話と体験、見所に移動して鑑賞と舞台説明、楽屋裏見学と本舞台を歩く体験、2階展示廊の「山本東次郎家の装束展」見学、第二舞台に戻り質疑応答という、盛りだくさんなプログラムの2時間でした。中でも、参加者のためだけの狂言「鎌腹」(一部)鑑賞や、山本東次郎家の装束を東次郎家の則秀師が解説する展示見学はとても贅沢な内容でした。

 

第二舞台での体験

狂言「鎌腹」(一部)の鑑賞

本舞台を歩く体験

 

全体を通して、則重師と則秀師のお人柄が垣間見えるお話が私はとても印象的でした。そのいくつかをご紹介します。

 

「狂言の祝言性」

愚かな人間はいませんが、愚かしいことをしてしまう人間がいるものなので、狂言の主題には身の回りのちょっと悪い人が出てきて争いになるものがあります。1人と1人の争いやけんかが大きくなると戦争になってしまいます。戦争という題材を直接扱うのではなく身の回りの争いを題材にして、けんかをしてはいけないという気づきを大切にしているそうです。山本家では、世の中が平和になるように狂言の祝言性をとても大切にしているというお話です。

 

「楽屋の様子」

楽屋にいる心持としては、既に楽屋にいながら舞台に出ているような厳しさで常に姿勢を正しています。楽屋の間仕切りの戸襖を開けておくのは、誰からどう見られていても恥ずかしくないように気を配り、その日に出演する全ての能楽師全員で舞台をつくりあげる一体感の醸成ということです。

 

650年の歴史」

2016年にギリシャのエピダウロスという劇場で古代ギリシャの長編叙事詩「ネキア」を題材にした新作に参加した際のお話です。マルマリノスという演出家が能という手法を取り入れないと実現できないと言っていたそうです。やってみると、能楽師は持っているものですぐにできてしまい、演出家はもっと演出したかったのではないかと・・・。650年の間に積み重ねてきた、様式と型が他には無いからでしょう。能楽にはお金で買えない価値があり、650年の歴史は世界で通用すると思うのです、というお話でした。

 

最後の質疑応答は、参加者の皆さまの質問内容がすばらしく、山本則重師・則秀師兄弟との双方向のコミュニケーションにより、第二舞台にとてもよい時間が流れていました。いくつかの質疑応答内容をここでご紹介いたします。

 

Q.台本は変わらないのですか?

A.大事なところは変わらないのですが、変わっている部分もあります。たとえば「かしこまってござる」と「心得ました」はどちらもYESという意味ですが、どちらを使うかは時代で変わることがあります。また、「鎌腹」の結末には2パターンあり、替えの型として伝承しています。

 

Q.現代の言葉も使用していますか?言葉は変わっているのですか?

A.現代語は使用していません。聞き慣れた言葉だとしたら昔からある言葉なのです。初代・二代・三代の東次郎が生き返って四世東次郎と四人で狂言をやったらすぐにできるくらいの言葉の変化しかありません。

 

Q.「義経」はなぜ子どもがやるのですか?

A.弱いものの象徴として子どもを置くことで、リアルな気持ちになれるのです。日本人は弱いところに心を動かされる気質があるので、そのための演出です。「屋島」では強い義経なのでこの場合はおとなが演じます。

 

Q.装束はいつ頃のものなのですか?

A.面は大事にしているのでいたまないため500~600年前のものです。ただし、海外公演の際には古い面の写しを使います。装束は大事にしてもいたんで折り切れができます。今使用しているものはだいたい昭和40年頃から毎年少しずつ作ってきた現在のものまでです。切れると新しいものをつくりますが、古い装束は捨てることはないのでどんどん増えていきます。

 

Q.個性・持ち味を出すということは考えるのですか?

A.それは考えないです。個性を消した中で残ったもの、消しても出てくるものが個性です。60才までは個性を出してはだめ、60才を過ぎたら+αしてもよいといわれています。

 

Q.終演の拍手はどうすればいいでしょうか?

A.演者の最後にする、余韻を楽しみたい方もいるのでいらない、拍手の風習は西洋からきたものだからしなくていい、など諸説あります。演者としてはあっても無くてもいいですが、自然な反応が舞台の良し悪しであり、自分の成長にもつながるので、あった方がいいとも思います。

 

Q.これから狂言を楽しむにあたり参考図書はありますか?

A.いくつかご紹介します。

・「日本古典文学大系 42 狂言集 上 」「日本古典文学大系 43 狂言集 下 」岩波書店

・「狂言のすすめ」玉川大学出版部

・「狂言を継ぐ-山本東次郎家の教え」三省堂

 

ご参加の皆さまにはアンケートにご協力いただきありがとうございました。来年度のワークショップの企画の参考にさせていただきます。またのご来館を心よりお待ちしております。

 

はぜの木

2019年11月09日 (土) 能楽関連

芸術監督が案内する横浜能楽堂見学と能楽のイロハを開催しました。

11月3日(日・祝)文化の日に「芸術監督が案内する横浜能楽堂見学と能楽のイロハ」を開催しました。ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

 

まずは見所で芸術監督より、能楽が辿ってきた長~い歴史や能舞台の特徴についてお話しました。

 

 

休憩をはさんで2グループに分かれて、舞台裏や2階の展示廊を見学。舞台裏では鏡の間での揚幕体験や切戸口から鏡板を間近に見ていただきました。

 

 

展示廊では再び芸術監督より面と装束を中心にお話しました。女の面の中でも若い女性の小面の話や、皇室で代々育てられている蚕の品種「小石丸」と同じ品種の蚕の糸から織られた絹の話にとても興味をもっていただきました。

 

 

たくさんの皆さまにアンケートのご協力をいただきありがとうございました。今後の事業の参考にさせていだきます。自由意見を少し紹介します。

 

[70代男性]

・能の歴史がわかった(能の成り立ちなど)能の使われるいろいろな道具、衣装の芸術性

がわかった

[50代男性]

・楽屋や鏡の部屋を見たかったので満足。

・足利氏と能の関係性を初めて聞けて良かったです。ありがとうございました。

・とても良い企画だと思います。たくさんの発見がありました。

[50代女性]

・能に関する知識が増えたような気がします。お話興味深く聴くことができました。

・猿楽、田楽など何も分からず覚えていた言葉が分かり、むずかしいことを考えずに能を

楽しもうと思えた。

[40代男性]

・能楽の歴史や成り立ち、その背景など理解しやすい。話し口で大変好感が持てた。

[40代女性]

・ユーモアを折りこみながら興味がわくような具体例のある解説であった。間近で舞台や

装束の解説を聞きながら見学できたこと。皆スタッフの皆さん、能がお好きなんだなぁ

と感じられたこと。

[30代女性]

・バックヤードツアー楽しかった。横浜能楽堂の歴史興味深かったです。

 

案内するシリーズとしまして、年明けには「能楽師が案内する横浜能楽堂見学と能楽ワークショップ」を開催します。シテ方、狂言方、それぞれの視点でご案内します。

白足袋で本舞台も歩ける特別な体験付!只今絶賛受付中、この機会にぜひご参加くださいませ~。

https://yokohama-nohgakudou.org/news/?p=760

 

はぜの木

2019年06月04日 (火) 日常

狂言と古代ギリシャ喜劇その②

横浜能楽堂では2019年3月から8月まで、ギリシャからのインターン、フィリポス・モスハトスさんを受け入れています。主催公演開催時はパンフレット配布などのお手伝いをしてくださっていますので、既に皆さんにお会いしているかもしれません。フィリポスさんはアテネ国立大学演劇学部の学生で、近代日本演劇の研究をしています。日本文化に興味を持ち、2014年から国立大学の言語学校で日本語の勉強を始めました。

フィリポスさんが来日以降に日本で観た演劇や、さまざまな文化について感じたこと、考えたことなどをこのブログで紹介してもらいます。今回はその2回目です。なお、文章については本人が書いたものをそのまま掲載しています。とても積極的に日本語でインターンとして活躍してくれていますので、きっと8月頃にはもっと日本語が上手になっていると思います。8月までの連載ですが、どうぞお楽しみに!

 

 

サテュロス民族。ディオニュソス神を崇拝する半ヤギの人間 (Filippo LAURI, Rome 1623-1694
A Bacchanale, with offerings strewn around a statue of the god Pan 公有写真)

 

喜劇の種類

サテュロス の仮面 (公有写真)

 

皆さん、お久しぶりです!前の記事を続けて、今度の記事には古代ギリシャ喜劇と狂言の種類を調べます。狂言については7ぐらいの種類があります(例:太郎冠者狂言、神狂言と大名狂言)て、その種類の差は内容と人物と状況の差です。ギリシャ喜劇には、三つの種類がありますが、その種類の中の差は時代的です。その種類はアッテイキ喜劇(アッテイキ県に基づいて、アテネ市の県. 486-400 BC)間喜劇(400-320 BC)と新喜劇 (320-120 BC)細かいことちょっと複雑が、基本的に時間が経つに連れて喜劇のテーマは薄くなった。例えばアッテイキ喜劇に、内容はもっと政治的でしたが、新喜劇が来る時に内容はもっと個人的になった。簡単にいえば、間喜劇と新喜劇は神狂言と太郎冠者狂言の同じです。でもその種類以外もう一つの種類があった:サテュロス劇

 

サテュロス劇はだいたい間狂言と同じの機能があった。前の記事「大ディオニスイア」と言う祭りに、悲劇の間にこの特別のサテュロス劇は俳優さんを演技した。さらに、内容はすごく面白かったでした。悲劇の既存の伝説では、サテュロスの民族はメインストーリーを侵略し、キャラクターを悩ませます。残念ですけど、このドラマの残りのはただ1本、エウリピデスの「キュクロプス」です。創造すれば面白いと思います:ある神話はうまくいくと、神話のキャラクターサボっていきなりサテュロスの民族現れると皆いじめ始まる。もちろん、古代ギリシャだから、そのサテュロス劇の終わりはちょっとエロでした。それは間狂言のもう一つの差です。でも古代ギリシャも中世日本にもかんがいかた同じでした:複雑の悲劇・能を表するなら、その悲劇・能の間に楽しくておかしい芝居を演技したほうがいいです。どんな大陸もどんな国にも、人間の生活の中で笑いは不可欠で。

 

奇妙な特徴:パラバシス

2017年ギリシャ国立劇場の「平和」。演出家:コヌスタンチノス・アルヴァニタキス。平和の女神は亡くなったと、主人公は取り戻した。カブトムシで。(写真:ギリシャ国立劇場報道官)

 

ギリシャ喜劇には、一番面白くて独特な特徴は「パラバシス」と言う特徴です。ギリシャ語にはパラバシスの定義は「何かを克服する」て、正にその通りです。芝居のある時点で、主人公は立ち止まり、喜劇が触れる政治的またはイデオロギー的問題について直接観客に話します。 その後も芝居続く。そのように、古代ギリシャの喜劇の著者と近代ギリシャの出演者はじぶんのイデアと考えを表することが出来ます。これは、何よりも、一番の狂言と古代喜劇の差と思います。

この「パラバシス」で、なんの世紀も何の先代も、古代ギリシャ喜劇を演技すれば、現代の観客に時代の問題を完全に示すことができます。それが、狂言が室町と江戸時代の過去の雰囲気尊敬して保持している一方で、現代の古代ギリシャの喜劇は常に現在を見据えている理由です。

 

あとがき:どうしてセリフ劇?

 

西洋人として、前から狂言は少し不思議でした。疑問はただ一つ:どうして狂言はセリフ劇ですか?西洋の世界演劇に、古代喜劇からはだいたい音楽と一斉にやる演劇のジャンル。笑いは音楽と踊りを伴いますが、狂言は踊りますが音楽も華やかさも欠けています。私は少し偏っているかもしれないことを理解しています。古代喜劇でやっぱり演劇はいつも結婚式とごちそうで終わります。だってギリシャ語に従って、コメディの語源「コモス」(パーティー)と「オヂ」 (歌)。世界演劇。もちろん、セリフがありますけど、音楽は重要な要素です。すなわち、一所懸命に人生を祝う芸能です。でも、も一回、少し偏っているかもしれません。多分もっと高揚感なタイプの喜劇に慣れてきた。

これから能と狂言もっと理解できるのために、お勉強します!

2019年03月08日 (金) 能楽関連

「能楽師(狂言方)が案内する横浜能楽堂見学と狂言ワークショップ」を開催しました。

平成31年2月23日(土)に「能楽師(狂言方)が案内する横浜能楽堂見学と狂言ワークショップ」を開催しました。案内役は狂言方大蔵流の山本則重師と弟さんの則秀師です。14:00の回23名、16:30の回29名、計52名の皆さまにご参加いただきました。本当にありがとうございました。当日の様子をご紹介します。

 

まずは第二舞台でご則重師のお話があり、体験は丁寧なご挨拶からスタート。

 

体験の最初は足の運びをやりました。狂言は歩行の芸術とも言われるほどで、こだわって、ていねいに、一歩をすすめることが大切だそうです。

 

続いて『しびり』という曲の「名乗り」の部分を則秀師のあとについて復唱。しっかりとお腹から声を出すことが大切、近くにいてうるさくなく、遠くでもよく聞こえるように、だそうです。また狂言の「名乗り」が地名や名前を特定しない抽象的な内容であるのは、特定しないで個性を消すことで、観客が出演者を通して、人間の普遍性を感じたり自分自身のことと捉えたりできるためだという説明がありました。「このあたりの者でござる」にはそんな深い理由があったんですね!

そして、「笑う」と「泣く」も体験してみました。どちらも皆さま元気いっぱいに声を出していました。「泣く」もとっても楽しそうでしたよ! 狂言の「笑う」と「泣く」は、なんだかその場の空気をとっても和やかで楽しいものにすると思いました。家庭や職場でのコミュニケーションに取り入れてはどうかと・・・。則重師は「笑う」ことに悪いことは何もないとおっしゃっていましたが、まさにそのとおりだなぁ~と思いました。

 

体験の後には、本舞台へ移動してお二人による狂言『しびり』を鑑賞。参加者のためだけのとても贅沢な鑑賞タイムでした。

 

そして楽屋裏へ移動して、能楽師(狂言方)の視点ならではの説明がありました。

シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方の4つの楽屋は公演時には間仕切りの戸襖を開け放してあります。楽屋では演者さんは常に正座で皆さんの目が行き届いており、とても緊張感があるそうです。「舞台だけでなく舞台裏にも厳しい目があり、人の家の人の目がその人を育てる、いかに自分を律するか」という則重師のお言葉が印象的でした。

 

そして鏡の間から揚幕をくぐって、皆さまで橋がかりから本舞台へ歩をすすめました。

 

最期は第二舞台に戻り質問タイム、そして終了。

アンケートにはたくさん方にご協力いただきありがとうございました。ここに感想を少しご紹介します。

 

・身体を動かす。声を出す。見学。お話などに加え、狂言も一番拝見できるという盛りだくさんの内容で大変充実していました。もう少し時間が長くてもよい内容だったと思います。(60代男性)

・お話が分かりやすく興味深かった。初めて知ることがたくさんありました。足の運びがよく分かりました。(50代女性)

・舞台で動きや発声を体験させていただけたので、狂言も楽しく拝見いたしました。(50代女性)

・演者の視点からのお話に説得力があった。(40代男性)

・ほぼ知らない世界だったため、丁寧な解説、体験でより興味がわきました。(20代女性)

 

今回のワークショップでは、私自身も知らない内容を多く学ばせていただきました。芸能としての狂言としてだけではなく、日本人として知っておくべきいろいろなコトがぎっしり詰まった内容だったと思います。

 

今年度は「案内するシリーズ」企画としまして、「館長が案内する」、「シテ方が案内する」、「狂言方が案内する」、全3回を開催しました。アンケートでいただきましたご意見を参考に来年度の企画を検討していきますのでご期待ください。

 

はぜの木

 

 

2019年01月27日 (日) 能楽関連

「能楽師(シテ方)が案内する横浜能楽堂見学と能楽ワークショップ」を開催しました。

平成31年1月11日(金)に「能楽師(シテ方)が案内する横浜能楽堂見学と能楽ワークショップ」を開催しました。案内役は梅若紀彰師 (シテ方観世流)です。10:30の回26名、18:30の回30名、計56名の皆さまにご参加いただきました。本当にありがとうございました。当日の様子をご紹介します。

まずは第二舞台にて扇の持ち方の説明のあと、能の舞の型のお稽古からスタート。3グループに分かれて順番に能舞台に上がり、「構(カマ)エ」、「運(ハコ)ビ」、「サシ込(コ)ミ」、「ヒラキ」を体験してみました。いきなりお稽古が始まったのでびっくりされた方もいらっしゃると思います。皆さんとっても真剣でした。私も傍らで少し体験してみましたところ、自分の体に意識を集中するとともに、体のゆがみが正されて骨盤が矯正されるような、心身ともにすっきりするような感覚を覚えました。

そして本舞台の見所に移動して紀彰師の舞台説明。シテ方ならではの視点のお話が印象的でした。

さらにぜいたくなことに参加者のために舞を披露してくださいました。

その後は舞台裏の鏡の間にて面の説明。「小面」「般若」などの面を実際にかけて解説してくださいました。

そして、参加者の皆さまは五色の揚幕からゆっくりと橋がかりに出て、本舞台へ。紀彰師の「おま~く」の掛け声に併せて揚幕をあげる際は私も貴重な体験すぎて緊張してしまいました・・・。本舞台では第二舞台でお稽古した型を再び体験しました。

最後は、第二舞台に戻り質疑応答タイムへ。紀彰師が能楽師になった経緯のエピソードなども披露してくださいました。

終了後のアンケートには多くの皆さまにご協力いただきありがとうございました。 ここで自由意見を少しご紹介します。

・舞台、舞台裏など全て見せていただけてとても興味がわきました。最初に足の運びを教えていただいたので、先生の舞を見ていても今までとは違う視点で見る事ことができました。(50代女性)

・能は難しいから・・・という母と参加しました。間近で見る舞台は素晴らしかったです。いきなり練習がはじまりびっくりしましたが、とても楽しく、もっと踊ってみたいと思いました。(40代女性)

・今まで全く知らなかったこと、見たことがない場所にあがることができて、能楽師ならではの解説つきというぜいたくな時間に大満足です。(50代女性)

・まさか橋がかりを渡り本舞台まで上がれるとは思わず、嬉しかったです。(40代女性)

・少ない動きにもいろいろな意味があることがわかりました。現代の生活様式と対照させながらお話くださったので、一層興味深くうかがうことができました。(50代女性)

案内するシリーズ企画としまして、2月23日には山本則重(狂言方大蔵流)による「能楽師(狂言方)が案内する横浜能楽堂見学と能楽ワークショップ」を予定しております。シテ方とはまた異なる狂言方の視点からご案内をいたします。

https://yokohama-nohgakudou.org/news/?p=571

残席わずかですので、まだお申込みされていない方はぜひ!

はぜの木

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