スタッフブログ

2021年09月26日 (日) 能楽関連

横浜能楽堂催し物案内『橋がかり』2021年10月~11月を発行しました。

横浜能楽堂では館内で行われるイベントなどを掲載した情報紙を月一回定期発行し、他の公共施設や友の会会員様向けに送付しています。

今月号(2021年10月~11月)は10月から2月の主催公演と10月から11月に開催するワークショップ・講座の情報を掲載しています。

 

10月17日(日)開催の特別公演

狂言は、「二千石」を上演。「二千石」の謡の由来を語る主人の語りが見どころの狂言です。

2018年に祖父の名跡を二代目として襲名してから初めての横浜能楽堂出演となる、

善竹彌五郎の妙技をお楽しみください。

能は「井筒」を上演。「伊勢物語」を題材に、人待つ女と呼ばれた紀有常の娘の情念を美しく描いた作品です。秋の風情が感じられる世阿弥作の名曲を宝生流二十世宗家・宝生和英が初演します。

詳しくはこちら

 

気軽に能楽!仕舞編「3日でマスター!仕舞ワークショップと発表会」

申込締切:10月15日(金)

能の一部である仕舞を3日間でお稽古し、本舞台で発表会を行います。約150年の歴史ある能舞台(横浜市指定有形文化財)に上がって仕舞を舞ってみませんか。手話通訳・英語通訳が可能です。初めての方のお申込をお待ちしております。

詳しくはこちら

 

『橋がかり』2021年10月~11月はこちら

 

はぜの木

2021年09月01日 (水) 能楽関連

横浜能楽堂催し物案内『橋がかり』2021年9月~10月を発行しました。

横浜能楽堂では館内で行われるイベントなどを掲載した情報紙を月一回定期発行し、他の公共施設や友の会会員様向けに送付しています。

今月号(2021年9月~10月)は9月から12月の主催公演と9月から11月に開催するワークショップ・講座の情報を掲載しています。

「芸術監督による能楽入門講座」と「気軽に能楽!仕舞編『3日でマスター!仕舞ワークショップと発表会』」は9月11日(土)から受付を開始します。詳しくはお知らせ欄でご確認ください。

 

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はぜの木

2021年08月25日 (水) 能楽関連

横浜能楽堂「伝統文化一日体験オープンデー」を開催しました。

今年で3回目の「伝統文化一日体験オープンデー」を8月16日(月)に開催しました。さまざまなプログラムにのべ約370名の方にご参加いただきました。皆さま、ありがとうございました。当日の様子をご紹介します。

 

【仕舞鑑賞】

 

シテ方金春流の本田芳樹さん、本田布由樹さん、中村昌弘さんにご出演を依頼しました。お三方にそれぞれの曲を舞っていただきました。

進行表は次のとおりでした。

10:40~の回

お話 本田芳樹

仕舞「高砂」中村昌弘

仕舞「田村 キリ」本田布由樹

仕舞「羽衣 キリ」本田芳樹

13:40~の回

お話 中村昌弘

仕舞「春日龍神」中村昌弘

仕舞「六浦 キリ」本田布由樹

仕舞「鵺(ぬえ)」本田芳樹

本田芳樹さんより、各回の最初は「高砂」「春日竜神」の仕舞から始めるとインパクトがあるのではというご提案をいただき解説なしでスタートしました。アンケートでは「前説なく始まった所が良かったです。近くの子供は謡の一声目でびっくりして集中して観ていました。百聞は一見ですね」などの感想をいただきました。

出演された皆さまの今後の演能予定をお知らせします。

本田芳樹さん

9月12日(日)金春会定期能「頼政」国立能楽堂

11月20日(土)円満井会「小鍛冶 白頭」矢来能楽堂

本田布由樹さん

9月25日(土)円満井会「阿漕」矢来能楽堂

中村昌弘さん

10月3日(日)金春会定期能 「小鍛冶 白頭」国立能楽堂

 

 

【舞台裏見学】

 

仕舞鑑賞同様、お三方が交替でガイドをしてくださいました。各回を2グループに分けて、幕のある「鏡の間」からと、小さな切り戸口のある「たまり」からそれぞれスタートしました。職員によるご案内とはまた違う、能楽師ならではのお話が聞いていただけたのではないでしょうか。

 

 

【小鼓体験】

 

岡本はる奈さん(観世流)に講師をお願いしました。和楽器体験は定員が少人数であることと、体験できる機会があまりないため、いつもすぐに定員いっぱいになってしまいます。今回は、6回設けたのですが、どの回もすぐに埋まってしまう人気ぶりでした。

小鼓の持ち方、打ち方の体験をしていただきました。「良い音が出て気持ち良かった!」とおっしゃっている参加者の表情が印象的でした。アンケートでも「小鼓を鳴らせたのは本当に嬉しかったです。」という感想をいただきました。

 

 

【太鼓体験】

 

梶谷英樹さん(金春流)に講師をお願いしました。小学生以下の回と中学生以上の回に分けて募集をしました。小鼓同様、どの回もすぐに定員いっぱいになってしまいました。

撥の打ち方と掛け声の組み合わせを体験し、最後に第二舞台の上で一人づつ太鼓を打ちました。舞台上での参加者の皆さんの緊張感がすごく伝わってきました。

 

 

【科学工作】

 

神奈川県立青少年センター科学部の小池さん、三宅さん、上田さんに講師をお願いして、「バランスとんぼ」と「ペットボトル空気砲」をつくりました。

「バランスとんぼ」では重さがつりあう点の「重心」について、「ペットボトル空気砲」では空気のかたまりがボールを押し出すしくみについて、解説がありました。

夏休みの宿題のお役に立ちましたでしょうか。

 

 

【アートハットづくり】

 

横浜市民ギャラリー アトリエスタッフの大岩さんに講師をお願いし、薄葉紙を割いたり結んだりしてさまざまな形にして、オリジナル帽子をつくりました。

つくった帽子をかぶって、舞台裏見学に参加したり、親子でお帰りになる姿がとても微笑ましかったです。また、他のプログラムに参加された後に、戻ってきたお子さんがいらっしゃいました。畳の空間が気持ちよかったのかもしれませんね。

アンケートでは、「作っているうちにどんどん形が変わっておもしろかった。」という感想をいただきました。

 

 

【横浜能楽堂でkoh-labo(コーラボ) ~香りのブレンドを楽しむ~】

 

香老舗 松栄堂さんのご協力で、香りをブレンドして巾着に詰めてお持ち帰りできる体験(参加費1,650円)と、お香商品などの販売がありました。その他にも、パラフーク(空気で楽しむお香のパラシュート)で遊んだり、巨大お線香と並んで写真を撮ったりできるコーナーがありました。

オープンデーでは初めての試みで、場所が少し奥まった2階ラウンジスペースということで、参加人数が少々心配だったのですが、お客様が途絶えることがなく盛況でした。お土産として追加で商品を購入されたり、能楽堂の帰り道に松栄堂横浜店にお立ち寄りになった方もいらしたそうです。

 

 

ご参加いただいた皆さま、新型コロナウイルス感染症対策にご協力いただきありがとうございました。緊張感がとけない日常が続いていますが、つかの間、非日常の空間で心のストレッチができるような時間をお過ごしいただけましたらとても嬉しいです。

アンケートにもご協力いただきありがとうございました。ご意見などを今後の開催の際の参考にいたします。

また、各プログラムの関係者の皆さま、準備から当日運営までご協力いただき本当にありがとうございました。この場を借りて全ての皆さまに御礼申しあげます。

 

9月以降も、さまざまなワークショップや講座が目白押しです。詳しくはお知らせをご覧くださいませ。またのご来館を心よりお待ちしております。

 

はぜの木

2021年07月14日 (水) 能楽関連

横浜能楽堂開館25周年記念「身近に親しむ能楽堂」を開催しました。

横浜能楽堂は、1996(平成8)年6月に横浜市の掃部山(かもんやま)公園内に開館。2021(令和3)年6月に25周年を迎えました。周年記念として感謝の気持ちをこめて「身近に親しむ能楽堂」を開催しました。3つのプログラムにのべ627名もの多くの方にご参加いただきました。ご来館いただきました皆さま、ありがとうございました。当日の様子をお伝えします。

 

■芸術監督のミニ講座

横浜能楽堂芸術監督の中村雅之より、能の成立前からあった翁猿楽、室町、桃山、江戸、明治の各時代の能舞台と能楽のおはなしをしました。30分という限られた時間に、凝縮した650年の能楽の長~い長~い歴史を感じていただけましたでしょうか。さらに詳しくは10月24日(日)に開催予定の「芸術監督による能楽入門講座」をご期待ください。

 

■仕舞鑑賞

梅若紀彰さん (観世流) による仕舞をご覧いただきました。地謡は川口晃平さん、内藤幸雄さん(観世流)でした。

 

 

能の一曲はいくつも小段によって構成されています。同じ「羽衣」でも13:45~の回では「羽衣 クセ」の部分を、15:00~の回では仕舞「羽衣 キリ」の部分を予定していたのですが、急遽紀彰さんのお取り計らいにより、どちらの回もクセとキリをご鑑賞いただきました。13:45~の回は、「羽衣 クセ」、「熊坂」、「羽衣 キリ」、15:00~の回では「羽衣 キリ」、「鵺(ぬえ)」、「羽衣 クセ」の順番でした。紀彰さんは曲に合わせて袴の色を替えていました。また、サプライズとして舞台上で一部装束や面をつけてご覧いただくシーンもありました。フォトセッションコーナーもあり、多くの方がスマートフォンで撮影していらっしゃいました。思い出に残る写真をお撮りいただけましたでしょうか。

 

■小鼓体験

岡本はる奈さん(観世流)に講師をお願いしました。和楽器体験ができる催しの機会はあまりないためいつも大人気です。今回も各回6名の定員にすぐ達してしまいました。ご参加いただけた方はラッキーだと思います。20分のプチ体験でしたが、これをきっかけに能楽や能楽堂に興味をもっていただけたらと思います。

 

ご参加いただいた皆さまには、新型コロナウイルス感染症対策にご協力いただきありがとうございました。短い時間でしたが能楽堂を身近に感じてお楽しみいただけましたら嬉しいです。

 

8月16日(月)には全館を開放した「伝統文化一日文化オープンデー」を開催します。只今参加者募集中です。

詳しくはこちら

ではまたのご来館を心よりお待ちしております。

 

はぜの木

2021年07月04日 (日) 能楽関連

横浜能楽堂催し物案内『橋がかり』2021年7月~8月を発行しました。

横浜能楽堂では館内で行われるイベントなどを掲載した情報紙を月一回定期発行し、他の公共施設や友の会会員様向けに送付しています。

今月号(2021年7月~8月)は7月から10月の主催公演と8月16日の「伝統文化一日体験オープンデー[速報]」、歴史ある本舞台を独占!「いつでも本舞台でお稽古」のご案内などの情報を掲載しています。

「伝統文化一日体験オープンデー」は今年度で3回目の催し。仕舞鑑賞、和楽器体験、ものづくりなどさまざまなプログラムを館内各所で行う全館オープンデーです。申込は7月10日(土)14:00~、詳しくはお知らせ欄でご確認ください。

 

『橋がかり』2021年7月~8月はこちら

 

はぜの木

2021年05月29日 (土) 能楽関連

横浜能楽堂催し物案内『橋がかり』2021年6月~7月を発行しました。

横浜能楽堂では館内で行われるイベントなどを掲載した情報紙を月一回定期発行し、他の公共施設や友の会会員様向けに送付しています。このたび、スタッフブログにもデータ版を掲載することにしました。

今月号(2021年6月~7月)は6月から10月の主催公演と8月の「こども狂言ワークショップ~入門編~」募集案内、6月の「開館25周年記念 身近に楽しむ能楽堂」などの情報を掲載しています。ぜひご覧くださいませ。

 

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はぜの木

2021年03月05日 (金) 能楽関連

「能楽師(太鼓方)が案内する横浜能楽堂見学と太鼓ワークショップ」を開催しました。

横浜能楽堂では平成30年度より能楽師が舞台や楽屋を案内して能楽の体験をしていただく催しを実施しています。今年度は狂言方と太鼓方によるご案内で、2月23日(火・祝)に「能楽師(太鼓方)が案内する横浜能楽堂見学と太鼓ワークショップ」を開催しました。講師は、太鼓方金春流の梶谷英樹さんです。ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。当日の様子をご紹介します。

 

まず初めに、本舞台の見所で梶谷さんのデモンストレーションを鑑賞しました。
太鼓の音と掛声のみなのですが、ものすごい迫力にまず圧倒されました。

 

その後に囃子方の4種の楽器、能舞台と能の歴史についてのお話を聞きました。
囃子方のハヤスという漢字には、「栄やす/映やす」という字があるように、囃す相手を映える/映えるように囃すという意味があるそうです。太鼓は4種の楽器のリーダーで指揮者役、能の後半のメインの場面で演奏します。
横浜能楽堂の本舞台の歴史の中で、旧高松藩松平家にあった染井時代には、梶谷さんの師である22世宗家金春惣右衛門さん、23世國和さんがお住まいになっていたことがあり、梶谷さんのお祖父様、お父様もお稽古に通っていたのだそうです。梶谷さんにとっては、この舞台にはとてもご縁があり親しみを感じる、というお話が印象的でした。

 

そして、白足袋に履き替えて楽屋に移動し、焙じ室・楽屋・鏡の間を見学しました。
鏡の間では、公演が始まる際の囃子方が楽器の音色の調子を合わせる「お調べ」の座る順番や、幕を左右両方ともに上げる「本幕」で出入りすることは太鼓方はありませんが、たった一曲だけ太鼓方が本幕で戻る重い曲「朝長 殲法」のお話など、囃子方からみた能のお話を聞きました。
続いて、公演時に囃子方が舞台に出る際と同じように幕を左の片方だけ上げる「片幕」にして参加者の皆さんが本舞台へ。

 

舞台の上で太鼓方から見た舞台の説明を聞きました。例えば、シテが舞台に出てきて止まって謡い出す場所を橋がかりにある一の松にするか、本舞台の常座にするかは事前に打合せをしており、一の松はとても重要な目印となるなど、太鼓方ならではのお話もあり興味深かったです。
また、太鼓方は能の公演では本舞台中央に座ることは無いため、梶谷さんはデモンストレーションではいつもと景色が違い、緊張していました、とのことでした。

 

後半は舞台から楽屋に移動して太鼓体験です。
太鼓を打つ前に、太鼓の組み立てを見学しました。太鼓は牛の革と欅の木の胴と縦と横の調べ緒、樫の木の台から構成されます。

 

組み立ては、縦の調べ緒を手繰り寄せて解いて結んで、また手繰り寄せて解いて結んで、を何度も繰り返しきつく締め上げます。かなり締め上げたところで音を確認して、今度は横の調べ緒をきつく締め上げます。なんと力のいる作業なんでしょうか~。本当に太鼓方は道具の準備の段階から既に体力勝負です。一般には薄い革を好む方が多い中、梶谷さんは特に厚い革をきつく締め上げた音がお好きだとのこと。楽器屋さんから厚い革の入荷があると連絡が入るそうです。

 

いよいよ太鼓を打つ体験の始まりです。
小の撥、中の撥、大の撥の打ち方と掛け声の組み合わせをお稽古します。太鼓の打音と掛声を一定の順序に配列した手組を記した『金春流太鼓粒附』にある「オロシ」、「打込」などをグループで打ち、さらに一人で打ちました。

 

楽屋でのお稽古体験の後には、一人ずつ舞台に上がり太鼓を打つという緊張の瞬間です。舞台の上では頭が真っ白になりました、という参加者もいらっしゃいました。

 

アンケートでいただきましたコメントをご紹介します。
・作法や打ち方を学べて良かったし、先生もとてもステキでした。舞台でやれたのも良かったです。
・梶谷先生から直にお話を伺えて、とても分かりやすく、能が身近に感じられました。舞台に上がった時は、気持ちが舞い上がりました。
・新しい発見があり、楽しい時間でした。ありがとうございました。
・こんなに詳しく打ち方を教えていただけると思っていなかったので楽しかったです!舞台上にもあがれて貴重な経験ができました。

 

マスクを取って集合写真をパチリ。皆さま、緊張のあとの充実したいい表情です。

ご参加いただいた皆さま、コロナ禍での開催でいろいろと運営にご協力いただきありがとうございました。横浜市の文化財に指定されている本舞台を独り占めした気分はいかがでしたでしょうか。非日常の貴重な思い出にしていただけましたらとても嬉しいです。
ではまたのご来館をお待ちしております。

 

はぜの木

2020年08月29日 (土) 能楽関連

横浜能楽堂特別施設見学日「NOHGAKUDO for everyone~みんなで楽しむ能楽堂~」を開催しました。

7月31日(金)に「NOHGAKUDO for everyone~みんなで楽しむ能楽堂~」を開催しました。仕舞鑑賞、舞台裏見学、小鼓体験にのべ約140名のお客様にご参加いただきました。横浜能楽堂主催の施設見学は2月を最後に中止しており、約6か月ぶりの再開でした。事前予約制として、新型コロナウイルス感染症拡大防止の対策をとり、スタッフ一同、十分気を引き締めて開催しました。ご参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました。
当日の様子をここでご紹介いたします。

 

◆仕舞鑑賞
梅若紀彰さん(観世流)に舞を、内藤幸雄さんと土田英貴さん、山中景晶さんに謡をお願いし、2回行いました。曲は1回目は「天鼓」、2回目は「野守」です。

 

1回目の仕舞「天鼓」


2回目の仕舞「野守」

 

2回目には横浜市内にある専門学校の留学生の団体様にご参加いただきました。実は今回の催しはオリンピック・パラリンピックの開催時期に合わせて外国人にもお楽しみいただけるよう英語の通訳を準備しておりました。海外からの外国人がいらっしゃらない中、国内在住の留学生にお越しいただけて本当に嬉しかったです。通訳の河本さんにもご活躍いただきました。

 

◆舞台裏見学
通常時は20名を1グループにご案内するのですが、今回は各回の定員を10名として、さらに2グループに分けて楽屋が密にならないように配慮し、合計4回行いました。
鏡の間では、地謡の皆さんが幕を揚げ、紀彰さんが橋がかりから出る実演を披露してくださいました。プロの能楽師による揚げ幕はとても手さばきがしなやかでした。

 

その後、楽屋、焙じ室、たまりを見学していただきました。私たち職員は実に約6か月ぶりでしたが、とても楽しくガイドさせていただきました。

 

◆小鼓体験
岡本はる奈さん(観世流)に講師をお願いし、小鼓のおはなしと簡単な体験を合計6回行いました。会場が密にならないように各回定員が4名ととても少なかったため、すぐに満席になってしまいました。予約ができなかった皆さま、申し訳ありません。年内にまた別の企画を検討中ですのでそちらにご参加いただければと思います。企画が決定しましたらお知らせしますね。

 

アンケートにご協力いただきありがとうございました。いただきましたいくつかのご回答をご紹介します。
・特に小鼓体験が楽しかったです。構造がシンプルでかえって難しいです。よい音を出したいと思いました。(70代女性)
・楽屋見学はシテの先生が説明して下さったのでリアリティーがあってとても良かったです。小鼓体験は貴重な体験ができて楽しかったです。他の楽器もあれば比較が出来てなお楽しくなると思います。(50代男性)
・無料でこうした催しを拝見できて、とてもありがたく嬉しかったです。(仕舞や舞台裏)  また是非実施して頂けたらと思います。(40代女性)

開催にあたっては、「横浜市文化施設における 新型コロナウイルス感染症対策ガイドライン」に沿って十分な安全対策を講じました。ご参加の皆さまのご協力により、無事に開催ができましたことに心より感謝申しあげます。
次回の施設見学は8月29日(土)横浜能楽堂施設見学<夏の日スペシャル>です。どうぞお楽しみに~。

 

PS.
当日の紀彰さんの紋付のお着物がとても涼し気で素敵でした。奥様にお伺いしましたところ織り方は紗で、仕舞の曲に合わせて「天鼓」では浅葱色、「野守」では強さを演出するため黒をお選びになったそうです。紀彰さんのお着物は、いつも私の秘かな楽しみとなっております・・・。

 

仕舞「天鼓」では浅葱色の紗


仕舞「野守」では黒の紗

 

はぜの木

2020年07月13日 (月) 能楽関連

復刻「能楽質問箱」第19回~第24回を届けします

5月3日からスタートしました復刻「能楽質問箱」。
もう少し続きます。最後までどうぞお付き合いください。

 

 

Q19.能の世界にも「人間国宝」がいると聞いていますが、何人位いるのでしょうか?

 

A19. 「人間国宝」とは、国の重要無形文化財保持者の中で「個人指定」されている人の通称です。能楽界では、川崎九淵らが1955(昭和30)年に指定されたのに始まり過去三十一人が指定されています(※1)。その内、現在でも活躍しているのは、シテ方で観世銕之亟(観世流)、松本恵雄(宝生流)、粟谷菊生(喜多流)、ワキ方で宝生閑(宝生流)、笛方で藤田大五郎(一噌流)、小鼓方で曽和博朗(幸流)、大鼓方で安福建雄(高安流)、太鼓方で金春惣右衛門(金春流)、狂言方で茂山千作(大蔵流)、野村万蔵(和泉流)の十人(※2)。
無形文化財保持者には「個人指定」のほかに「団体指定」があります。これは「能楽」を保持する団体として「社団法人(当時、現在は公益社団法人) 日本能楽会」という組織があり入会を認められた能楽師が自動的に指定を受けます。こちらにはプロとして認められている能楽師(日本能楽協会会員)の内、三十パーセントほどが指定されています。
※1 現在は45名。
※2 現在はシテ方で友枝昭世(喜多流)、梅若実(観世流)、野村四郎(観世流)、大槻文藏(観世流)、小鼓方で大倉源次郎(大倉流)、大鼓方で亀井忠雄(葛野流)、柿原崇志(高安流)、太鼓方で三島元太郎(金春流)、狂言方で野村萬(和泉流)、野村万作(和泉流)、山本東次郎(大蔵流)。
(季刊『橋がかり』第7号(平成11年7月)掲載)

 

Q20.外国人を能楽堂に案内したところ、「室内なのになぜ屋根がついているの」と質問され、答えられませんでした。なぜでしょうか?

 

A20. 一言で答えるとするなら「本来、能舞台は野外にあったものだからです」という事になるでしょう。初期の能舞台は仮設で、演能が終われば解体されていました。舞台の形も違っていたようで、現在の形が整ったのは安土桃山時代に入ってからです。現在知られている一番古い舞台は京都の西本願寺にある北舞台で、能舞台では唯一、国宝に指定されています。
それ以降の能舞台は、舞台自体は現在とほぼ同じですが、見所は白洲を挟んで別棟の建物にありました。現在の能舞台にも僅かではありますが白洲の名残が設けられています。
能舞台が現在のように室内に入ったのは1881(明治14)年、東京の芝公園内に建てられた能楽会能舞台が初めてです。
(季刊『橋がかり』第7号(平成11年7月)掲載)

 

・・・ひと言
横浜能楽堂の本舞台の屋根は寄棟造です。以前に設計者の大江新さんにお伺いした話では、能舞台の屋根の造として寄棟造は珍しいそうです。横浜能楽堂の2階席からですと寄棟造が確認できます。僅かに「むくり」と「そり」のあるとても優しい屋根の稜線だなあ〜、と私はいつも眺めています。(はぜの木)

 

Q21.横浜能楽堂の二階にある展示のコーナーで各流の謡本が並んでいるのを見たのですが、違いがわかりません。どこが違うのか教えてください。

 

A21.謡本というのは謡を稽古するための本であり、そのため一般的にはアイの台詞は省略されています。節を示すための言葉の横に「ゴマ節」といってゴマ形の節記号が記されていてそれを目安に謡います。
歴史的に見ると謡本は世阿弥の時代からあったようですが、桃山時代に入ると当時の文化状況を象徴するかのような豪華な装飾をほどこした「光悦本」が登場するなど様々な形態のものが生み出されるようになります。
しかし謡本が一挙に大衆化するのは出版技術が進歩を遂げ大量印刷が可能になった江戸時代に入ってからです。この時代においては一般庶民が能を見る機会と言えば、祝賀の時に江戸城の舞台を開放して見せた「町入能」や寺社に修理などを名目に許された「勧進能」など、めったにありませんでしたので、能の普及には謡本の存在が大きく関わっています。
婚礼で「高砂」の小謡が謡われるのが常識化するなど、庶民生活の中までも謡は深く浸透して行きました。
現在、観世流の系統は「宗家本(大成版)」」のほかに梅若会の「梅若本」、観世九皐会(観世喜之家)の「九皐会本」の合計三種類がありますが、他の流儀は一種類ずつです。
曲は五流すべてにあるものから一流にしかないものまであります。五流すべてにあるものを比べて見ると、ストーリーが違うものもあれば、少し言葉が違っていたり、節の取り方が違うものなど様々です。
各流の謡の謡い方を特徴的に記すと、観世流は現代風・華麗、金春流は最も古風でまろやか、宝生流は型通りの剛直さ、金剛流は雅で穏やか、喜多流は古武士的剛健型といったところです。
謡本の形態は、一番を一冊とした「一番綴」や五番を一冊にまとめた「五番綴」とよばれる筆文字の和綴本、百番づつを一編として二編からなり合計二百番が載っている活字体の洋本である「百番集」などがあります。能界では一般的に馴染みの曲かどうかを「遠い」「近い」といった言葉で表現しますが、「百番集」は最も「近い曲」百曲をまず一まとめにし、次に「近い曲」百曲をもう一まとめにしたものです。
謡は好き勝手な順番で稽古できるのではなく、順番は決められています。「婚礼が近いので取り敢えず『高砂』からやろう」などと思っても無理です。しかし、横浜能楽堂が年末から年始に掛けて開催しているワークショップ「みんなで謡う『高砂』」は「高砂」の小謡のみを稽古するもので、もちろん婚礼で謡う「四海波」の部分もしっかりと学ぶ事ができます(※)。
※1998(平成10)年は12月12日、23日、26日、27日、1999(平成11)年1月16日、24日、30日に開催。

(季刊『橋がかり』第8号(平成11年10月)掲載)

 

・・・ひと言
同じ曲であっても五流それぞれに演出方法が異なる謡本ですが、表紙のデザインや本文の書体も異なっています。展示コーナーでは、謡本同様、五流の扇も展示しています。こちらも五流によるデザインの違いをご確認ください。(はぜの木)

 

Q22.折角、地元の横浜に能楽堂が出来たので一度能を見に行こうと思っているのですが、毎月公演をやっているのでどれを見てよいのかわかりません。どんな曲から見たらよいのかアドバイスしてください。

 

A22. これには二通りの考え方があると思います。初めから楽しめるものを見るか、それとも初めはよく分からないが能らしい本格的なものから見るか・・・。
前者だとすれば、動きが派手な「土蜘蛛」や「船弁慶」、おなじみの天女伝説にもとづく「羽衣」、歌舞伎の「勧進帳」の基にもなった「安宅」といったところがお勧めです。後者だとすれば夫婦のこまやかな情愛が見所の「清経」、死別した子の悲劇に暮れる母の愛を描きだす「隅田川」、名作として定評のある「熊野」「松風」などがあります。
しかし何れにしろ能の楽しみ方に教科書はありません。装束を見て「美しい!」と思う人もいれば、囃子に魅せられる人もいる事でしょう。それぞれの人が自分なりの楽しみ方を探し出してみてはいかがでしょうか。

(季刊『橋がかり』第8号(平成11年10月)掲載)

 

Q23.能のシテ方の流儀は五つあるそうですが、いつごろからそうなったのでしょうか?

 

A23. 能は古くは「猿楽」と呼ばれ、「座」という組織を一つの単位として演じられていました。「座」の中には現在の役割分担で言うシテ、ワキ、囃子、狂言など、能を演じるにあたって必要な人々がすべて含まれていました。
現在の五流の内、観世、金春、宝生、金剛は、それぞれ「結崎座」、「円満井座」、「外山座」、「坂戸座」として大和(現在の奈良県)を拠点に活躍していました。これらの座を総称して「大和四座」と言います。大和のほかにも丹波(現在の京都府)、近江(現在の滋賀県)などの地方にも幾つもの座がありました。
「大和四座」以外の座は室町末期から桃山時代にかけ勢いを失っていき、丹波猿楽の中心だった「梅若座」を始めとした地方の座は「大和四座」の中に組み込まれて行きました。
江戸時代になると能は「武家の式楽(儀式の時の音楽)」として整備が進み、「大和四座」は、観世、金春、宝生、金剛として流儀の体裁を整えます。さらに金剛座から出た北七大夫長能が二代将軍・秀忠の寵愛を受け喜多流の創立を認められます。喜多が「座」ではなく「流」なのは座付き三役(ワキ方、囃子方、狂言方)を持たなかったためですが、これによって観世、金春、宝生、金剛と喜多を総称して「四座一流」と呼ばれる体制が確立します。
その中で観世は五座の筆頭として特別な地位を得ますが、将軍の好みにより各座の浮沈がありました。代表的なところでは、家康は観世と金春などの役者を贔屓し、秀忠、家光は喜多、綱吉は宝生を贔屓にしました。特に綱吉の宝生流贔屓は諸大名にも影響を与えます。加賀・前田家は、この時代に中心を金春から宝生に移し、後代に「加賀宝生」と呼ばれるようになる基礎を築きます。
「四座一流」の主だった役者は、いわゆる「幕府のお抱え」となり、そのほかの能役者でも加賀・前田家のような有力大名に召し抱えられる者もいました。時代により多少の変遷はありますが、いずれも武士的な身分を保証されていました。
しかし、その一方で自由に座を変える事はできませんでしたし、演じる事のできる曲の一覧を提出させられたり、演じ方を変えるのを自由にできなかったりするなど、一定の枠が嵌められる事になります。
謡が一般的な教養の一つとされるようになると、京都を中心とした上方では謡の教授を専門とする者が現れます。
明治維新で幕藩体制が崩壊したため、座は一様に「流」と呼ばれるようになり、自由に活動するようになりますが、その反面で保護を受ける事もなくなります。
五流は、芸風の違いから観世・宝生を「上掛り」、金春・金剛・喜多を「下掛り」にグループ分けする言い方もあります。
(季刊『橋がかり』第9号(平成12年1月)掲載)

 

Q24.作り物は、誰が作っているのでしょうか? また何でできているのでしょうか。

 

A24. 能は、様々なものを削ぎ落としてできた抽象的な芸能です。その意味で作り物は象徴的と言えます。代表的な作り物としては「熊野」などの車、「船弁慶」などの船、「紅葉狩」などの山などがあります。それ一曲にしか使わないものとしては「道成寺」の鐘があります。

ほとんどは竹を骨組みとして「ボウジ」と呼ばれる布などを巻いて作られます。骨組みなどはあらかじめ出来ていますが、組み立て、「ボウジ」を巻いたりする事などは演能の度ごとに行います。

昔は座の中に「作物師」という専門の人がいましたが、現在では竹屋さんなどに骨組みなどを作ってもらい、演能の当日にシテ方の人達が組み立てます。

(季刊『橋がかり』第9号(平成12年1月)掲載)

 

・・・ひと言
5月3日から約3ヶ月間、4日に1回くらいのペースでアップしていきました復刻「能楽質問箱」は本日で最終回です。スタートした5月時点では、政府の緊急事態宣言を受け、日本全国が5月6日まで不要不急の外出自粛中、横浜能楽堂では5月31日まで臨時休館中でした。行動制限の多い中、お家でつかの間の非日常の能楽の世界を味わっていただきたいとの思いから始めたものです。5月25日に緊急事態宣言も解除されましたが、私たちの生活様式は大きく変化しました。多くのお客様が横浜能楽堂で楽しいひとときをお過ごしいただけるということは本当にとても貴重なことですね。そのことを胸にしっかり刻んで、皆さまのご来館を心よりお待ちしております。(はぜの木)

 

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2020年06月18日 (木) 能楽関連

復刻「能楽質問箱」第13回~第18回をお届けします

5月3日からスタートしました復刻「能楽質問箱」。
まだまだ続きます。引き続きどうぞお楽しみください。

 

Q13.一昨年、横浜能楽堂で開催された講座「能の匠たち」を受講(※)して、扇、能面、楽器などに興味をもちました。これらのものを実際に手に入れるとすれば、どうすれば良いのでしょうか?
※1997(平成9)年3月8日、9日、4月27日、5月3日、6月15日、7月13日、8月31日に開催。

 

A13.扇、楽器は、それぞれに専門店がありますが、能面は能面師が打つもので、能楽関係の店で購入することもできますが、ほとんどの場合本人と直接取引することになります。
講座「能の匠たち」で登場したのは扇が京都の十松屋福井扇舗、楽器は浅草にある宮本卯之助商店です。
また、謡本、仕舞の型付け本や楽器の手付本、指付本、唱歌集などは流派ごとに、それぞれの専門書店で扱っています。謡本に絞って紹介すると、観世流、金剛流は檜書店、金春流、宝生流はわんや書店、喜多流、観世流梅若会、観世流九皐会は能楽書林です。
ちなみに講座「能の匠たち」が本になりました。横浜能楽堂の編集で、小学館からサライ ショトル ライブラリー『能の匠たち-その技と名品-』(税別千五百円)として発売されました。書店、横浜能楽堂などで扱っていますので、そちらも参考にしてください。
(季刊『橋がかり』第5号(平成11年1月)掲載)

 

・・・ひと言
回答で紹介しました専門店はいずれのお店も現在も営業を継続していらっしゃいます。ホームページを拝見しましたところ、伝統と革新を追求する企業姿勢やブランドストーリーが感じられました。
詳しくはこちら

 十松屋福井扇舗
 宮本卯之助商店 
 檜書店 
 わんや書店 
 能楽書林 
(はぜの木)

 

Q14.能は、それ以前に成立した文学や説話を素材に作られたものが多いようですが、その代表的なものを教えてください。

 

A14.いま演じられている能の多くが作られた室町時代の人間から見て、平安時代を舞台にした文学はすでに古典でした。教養人の間では、馴染みのあった文学や説話を素材にした能が作られたのは自然の流れと言えるでしょう。その中には、原拠を忠実に能にしたものもあれば、骨格だけを残しているものもあります。
文学史上で高い評価を受け、現在でも読み継がれている『源氏物語』を始めとして軍記物の『平家物語』や物語文学の傑作『伊勢物語』などを素材にしたものが複数あります。
代表的なものとしては『源氏物語』では「葵上」「野宮」「玉葛(玉鬘)」「半蔀」など、『平家物語』では「敦盛」「大原御幸(小原御幸)」「実盛」「屋島(八島)」「頼政」など、『伊勢物語』では「井筒」「杜若」などが挙げられます。
(季刊『橋がかり』第5号(平成11年1月)掲載)

 

Q15.昨年、サントリーホールで行われた新作能「空海」を見ました(※1)。初めて新作能を見たのですが、通常の能とは違った新鮮さを感じました。これまで作られた新作能にはどのようなものがあるのでしようか?

 

A15.最近のものとしては、ご質問の中に登場した梅若六郎(※2)がシテの「空海」(作/堂本正樹)(※1)、同じシテで一昨年に演じられた「伽羅沙」(作/山本東次郎) (※3)、国立能楽堂の研究公演用に作られた「晶子 みだれ髪」(作/馬場あき子) (※4)などがあります。
過去を振り返ると、新作能の上演に最も熱心だったのはシテ方喜多流の先代(十五世)宗家である喜多実。歌人の土岐善麿の作で演じた新作能は「顕如」(1942年)を手始めに「夢殿」「復活」など十数曲にも及びます。
いずれにしても、能の新たな曲目として定着したというよりも、演出などに工夫を加えることにより能の世界に活力を与えたと言った方が適切な評価かもしれないでしょう。
(季刊『橋がかり』第6号(平成11年4月)掲載)
※1 1998(平成10)年に初演。
※2 2009(平成21)年二世梅若玄祥へ改名。2018(平成30)年四世梅若実を襲名。
※3 1997(平成9)年に初演。
※4 1995(平成8)年に初演。

 

・・・ひと言
新作能とは明治以降に作られた曲だということです。さすがに能楽の約700年の歴史からすると約150年程度はまだ新作ということなのですね〜。
私は友人を誘って、昨年2019年2月に日仏交流160周年公演「伽羅沙 GARASHA」を鑑賞しました。シテは梅若紀彰さん(観世流)。この時には原作にはないのですが、駐日フランス大使のローラン・ピックさんが牧師役で出演されていました。紀彰さんの舞はとても優美でいつまでも終わらないで観ていたいと感じ、鑑賞後にはとても清々しい気持ちになったことを覚えています。(はぜの木)

 

Q16.能を見ていると鏡板の前に座っている二人がいますが、何のためにいるのでしょうか?

 

A16.「後見」という役割の人です。細かく言うと主になる人が「主(おも) 後見」で、それに従うのが「副後見」です。
「後見」は、一曲の総監督的役割なので、シテよりも上位の者が勤めます。またシテが病気などのため舞台上で倒れた時、そのままシテの代役を勤めるのが一番の役割です。
しかし、幸いな事にシテが舞台上で倒れることなどめったにありません。普段は、舞台上でシテの物着(装束の着替え)を手伝ったり、必要がなくなった物をどけたり舞台がスムーズに進むように様々な手助けをします。もっとも、舞台での働きをする役に「舞台働キ」や「物着(ものき)せ方(かた)」といった専門の役もあったのですが、今は後見方が兼ねているのです。そういう面だけ見ると、歌舞伎の黒子と同じような感じがしますが、黒子は、代役には立たないので、大きく違います。
「後見」と黒子の違いは、能が「武家の式楽」だったところから来るものでしょう。将軍や大名に愛された能は、その一方で大きなプレッシャーも受けていました。庶民相手の歌舞伎と違い、何があっても途中でやめられなかったのです。
狂言でも、能と同じように「後見」が付きますが、こちらは一人です。
(季刊『橋がかり』第6号(平成11年4月)掲載)

 

Q17.先日初めて最前列で狂言を見ました。その時気がついたのですが、狂言方の足袋はなぜ黄色いのでしょうか?

 

A17.狂言の足袋は古くは鹿革で、「印伝」という技法で作られていました。「印伝」は鹿革を燻製のように燻して黄色く染めたものです。現在の狂言方の足袋が黄色いのは、この「印伝」で作られていた時代の名残です。
狂言足袋の色は、正しくは薄茶で、色足袋ではなく縞足袋です。即ち白地に細い薄茶の縞を染めてあるので、黄色っぽい薄茶に見えるのです。
(季刊『橋がかり』第7号(平成11年7月)掲載)

 

Q18.能で一番出演者が多い曲は何でしょう?

 

A18. 舞台上に上がっている人すべてを出演者と考えた場合、一番多いのは「道成寺」です。「道成寺」は、番組に載るだけでシテ(白拍子、鬼女)、ワキ(道成寺の住僧)、ワキツレ(従僧)二人、アイ(能力)二人、地謡八人、笛、小鼓、大鼓、太鼓、後見三人、鐘を支える鐘後見五人の合計二十六人。さらに番組に載らない囃子方の後見四人と最初と最後に鐘を両脇から支えて登場する狂言働キ二人まで入れると三十二人にもなります。
役者の数だけで言えば、通常、観世流の「安宅」で、シテ(武蔵坊弁慶)、子方(源義経)、シテツレ(随行の郎党)九人、ワキ(富樫の某)、オモアイ(共の強力)、アドアイ(富樫の下人)の十四人が登場します。ただし、「鞍馬天狗」に小書(特殊演出)を付け大勢の天狗が登場する「天狗揃」にした上、前場の花見の場面で並ぶ子方の稚児の数を多くすれば、「安宅」を超えることは可能ではあります。
また狂言では、めったに演じられませんが「唐相撲(唐人相撲)」が最大で、三十人以上が舞台を埋め尽くします。
(季刊『橋がかり』第7号(平成11年7月)掲載)

 

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